創業理念/創業者の想い
創業理念
先取の気風
県共済の使命
理事長メッセージ
シンボルマークの由来
「フクロウ」は、ヨーロッパでは知恵と学芸のシンボル・幸福を呼ぶ鳥として親しまれています。また、首がよく回るため商売繁盛、夜目が効き、暗闇でも先が見通せる、聴力に優れ情報を聞き逃さないなど森の賢者として崇められ愛されています。
 組合では、このように優れた能力を持つ縁起の良い鳥「フクロウ」を昭和40年代後半からパンフレットなどに使用しておりましたが好評なので平成15年から組合のシンボルマークとして採用しました。夜も昼もくらしを守る「フクロウ」をこれからもよろしくお願いします。
←中国商工共済共同組合設立当時(S30)
 事務所は金光理事長の自宅であった
「中小商工業者に万一の時の立ち直りの資金を…」 金光喜一郎の拓いた道は、 広島を代表する共済事業へと成長しています。
私たち県共済が、「中国商工共済協同組合」としてその産声を上げたのは1955(昭和30)年。初代理事長に就任した金光喜一郎は、創立総会の場で、「今日、中小企業者の現状をみると、ますます結束を固うして百年の計を樹てるに非ざれば、自己の生活をすら営み難くなるのではないかとさへ思われる。そこで、その一助として、せめて中小商工業者が受ける災害に対して、立ち直りをする資金の一部でも供給する道を拓きたく、共済事業を思ひ立ち、先づ火災による災害の対策として火災共済を取り上げたい。」と述べています。

その後「中国商工共済協同組合」は、1959(昭和34)年、準拠法である中小企業等協同組合法の大改正に伴って、広島県をエリアとする「広島県火災共済協同組合」に組織を変更し、事業を拡大していきました。

さらに金光の想いは、火災共済だけにとどまらず、経営者や従業員等の人的資産の保障を行う共済として、1968(昭和43)年「広島県傷害共済協同組合」[1973(昭和48)年「広島県中小企業共済協同組合」に名称変更]の発足へと繋がります。中小企業を対象とした傷害共済事業としては、全国で初めての認可でした。

以後、火災共済・中小企業共済の二つの組合を両輪としながら、私たち県共済は、地元広島の中小企業や個人事業主の皆さまと共に歩み続けてきました。そして今日、私たちの活動は、地域にしっかりと根をはり、組合員数約16万人、契約高約8000億円を超えるという、全国でもトップクラスの組合へと成長しています。「万一の時の立ち直りの資金を供給する道を拓く」…金光喜一郎の拓いたその道は、今日の私たちへと脈々と繋がり、創業の精神は、職員の胸にしっかりと受け継がれています。

保険自由化による競争の激化や市町村合併などの社会的変化、未曾有の金融危機など、私たちを取り巻く環境は一層厳しさを増しています。きびしい社会環境の中で、「万一の備え」や「安心」を求める声が高まっている今こそ、「相互扶助」を基盤とした県共済の活動をより多くの皆さまに伝えていきたい…それが私たちの願いです。

※平成26年10月1日 広島県火災共済協同組合は広島県中小企業共済協同組合と合併しました。
初代理事長 金光 喜一郎