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「県火災通信」創刊号(S39)
「県共済通信」と名称を変え、
今日まで続いている。 |
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私たち県共済の全ての活動の原点である「相互扶助」の精神。これと共に、県共済の創業以来受け継がれる組織風土を表す言葉があります。それが「先取の気風」です。
「県共済(広島県火災共済協同組合・広島県中小企業共済協同組合)」という名称を聞くと、堅実主義で安定志向の気風をイメージされる方もいらっしゃいます。しかし、これまでの県共済の歩みは、決して平坦なものではありませんでした。幾多の試行錯誤がありました。多くの組合員の信頼の上にただあぐらをかいて、時代の変化に対応してゆく努力を怠れば、すぐに時代に取り残され、組合員の信頼も失ってしまうことでしょう。
県共済の歩みは、既存の価値観の打破と新たな挑戦の歴史と言えます。全国に数ある共済事業者の中で、私たちが先がけて取り組んできたものも多くあります。常に時代の一歩先を。組合員の利益のために我々が日本の共済をリードしてゆく…そんな使命感が県共済を突き動かしてきました。
その一方で、地域に根ざした共済事業者としての役割や責任、私たちにしかできない地域との密な関わり、私たちだからこそ提供できる商品・サービス、等々…県共済ならではの良さや強みも着実に培ってきました。
「守るべき良いものはしっかりと守り、後の世に受け継ぐ」その一方で「変えるべきものは、従来の発想や手法、既成の概念の枠を超えて大胆に変革する」…「先取の気風」という言葉の裏側には、私たちの決意が込められています。
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| 1968年、国内で初めて認可を受けた「広島県傷害共済協同組合(現:広島県中小企業共済協同組合)」。認可を行う当時の県の担当部署は商工労働部で、その部長は、後に広島県知事として辣腕をふるった竹下虎之助氏でした。事業の試算表を提出した職員に対して、竹下氏は「これでうまくいくはずがない」と厳しく突き返しました。試算をやり直しては理事長の金光自ら県庁に日参し、最後には職員が県庁に泊まり込んで事業プランを練り上げ、遂に全国初の認可となりました。このことは、後に「金光のお百度参り」と呼ばれ、今日に伝えられています。後年、役員となった当時の県共済の職員が、電車の中で偶然竹下氏に出会いました。「あの時、私が認可した傷害共済はうまくいっていますか?」と声をかけられました。あれから16年余りが経過し、知事として多忙をきわめる中で、事業の成功を気にしておられたのです。役員が「順調です」と答えた時の竹下知事の満足そうな表情が、まぶたに残っています。 |
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広島県傷害共済協同組合創立総会(S43)
全国初の認可であった |
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共済事業者として日本で初めて再保険制度を活用した県共済。当時弱体であった再共済制度の不足部分を再保険で補い、火災共済の担保改善を実現。2003(平成15)年には他に先がけて再保険制度を全面的に活用し、共済と保険の垣根を超えるという新しい時代の流れをつくり出しました。
再保険制度とは、台風など大きな自然災害によって共済金の支払が一時に過大になる場合に備えて、保険会社と再保険契約を結ぶというもの。再保険制度の活用については、「共済と保険は相容れない」とする業界内部からの激しい反発の声があがりました。
その時、当時の理事長の林 昇は決断を前にこう語りました。「我々は、どちらを向いて仕事をしているのか。再共済を行う連合会か、それとも組合員のために仕事をしているのか。」
答えは、おのずから明らかでした。その時の英断が、今日の県共済の成長に繋がったのです。 |
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組合員に福利厚生サービスを提供する「エルフルカード」 |
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福利厚生制度の整備された大企業とは異なり、従業員の福祉に十分な手当の及ばない中小企業・個人事業主のために、福利厚生の一環としてサービスを提供している「エルフルカード」。共済に加入している企業や個人事業主の従業員1人ひとりにカードをお渡ししています。現在、広島県内を中心とする約400箇所のレジャー施設や保養所、スポーツ施設などと提携し、「エルフルカード」を提示すれば割引料金で利用できる仕組みとなっています。組合は利益を一切いただかず、組合員の方が生き生きと事業や生活に邁進できる環境づくりに活用していただくこと。それと同時に地域の商業・サービス施設の活性化に貢献するという効果も果たす…県共済ならではの試みです。
※エルフルカードは広島県中小企業共済協同組合のご契約者に提供しています。 |
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| エルフルカードとガイドブック |
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